現代の日本社会において、「死」と「別れ」のあり方が急速に変化しています。
核家族化、高齢化、そして地域共同体の衰退は、私たちにとって最も重要な儀礼の一つである「葬儀」の形を大きく変えました。
国立歴史民俗博物館副館長を務める山田慎也(やまだ しんや)氏は、民俗学・文化人類学の第一人者として、この日本の「葬送儀礼」が抱える歴史的経緯と現代的課題を長年研究し続けています。
特に、葬儀の小規模・簡略化がもたらす影響や、急増する葬儀トラブル、費用問題の根源について深く言及しており、NHK番組への出演などを通して、その知見を社会に広く発信しています。
この記事では、山田氏の学術的な背景とともに、現代の葬儀が直面する課題、そしてそれらを乗り越えるための視点について、主要なエピソードと著作を紹介しながら解説します。
山田慎也のプロフィールと専門的経歴
山田慎也氏は、日本の葬送儀礼研究において、文化人類学と民俗学の両面からアプローチする重要な研究者です。
- 学歴:
- 1968年、千葉県生まれ。埼玉県育ち。
- 慶應義塾大学法学部法律学科を卒業後、同大学院社会学研究科へ進学。
- 1997年に博士課程を単位取得満期退学し、2000年に慶應義塾大学より博士(社会学)の学位を取得しました。
- 職歴:
- 1998年より国立歴史民俗博物館に奉職し、助手、助教、准教授を経て、2019年に教授に就任。
- 2022年からは、同館の副館長を務め、日本の歴史と文化に関する研究を牽引しています。
- 聴覚の課題と研究への姿勢:
- 山田氏は、ご自身が左耳の聴力を完全に失っており、後に右耳の聴力も大幅に低下したことを公表しています。
- 補聴器を使用しても音としては聞こえるものの、言葉としての理解が難しいという状況にあり、会議ではワイヤレスマイクや要約筆記のサポートを受けながら研究活動を続けています。
- この課題を抱える中で、氏は特にフィールドワーク(聞き取り調査や参与観察)を重視する自らの研究手法を見つめ直しており、「人々の何気ない会話や微妙なニュアンスを理解することの重要性」を改めて認識しつつ、新たな環境で研究を続けていく姿勢を示しています。
- 専門:
- 民俗学、文化人類学を専門とし、特に日本の葬送儀礼の変遷、死生観、そして葬祭業の歴史的展開を主要な研究テーマとしています。
現代の葬儀が抱える課題:トラブルと費用問題の根源
山田氏がメディアや著作で一貫して指摘するのは、葬儀が伝統的な「共同性の儀礼」から「家族単位の私的な儀礼」へと変質していることです。
葬儀の小規模・簡略化と共同性の崩壊
1990年代後半から続く葬儀の「小規模簡略化(直葬、家族葬など)」の傾向は、儀礼の経済的・精神的負担を軽減する側面がある一方で、故人と深く関わった人々まで排除し、共同の別れの機会を奪っていると指摘されています。
山田氏は、「葬儀は、人が亡くなったら行くものだ、という“仕組み”だった」と、本来は参列を「招待」するものではなく、地域や家が「通知」することで人が集まり、共同で故人を弔う場であったことを強調しています。現代の家族葬が、近親者以外の弔いの機会を奪っているという問題意識を提示しています。
経済的負担と「無縁」化への対処法
葬儀の費用が過大になりすぎた結果、その経済的負担が小規模化を加速させました。
さらに、核家族化や非婚化の進行は、死後の「無縁・孤立・貧困」という新たな社会問題と結びついています。
- 費用問題への視点: 費用を抑えるために簡略化するのではなく、「経済的負担をかけずに、開かれた葬儀にもっていく」こと、つまり、多くの人が参加しやすい儀礼の形式を社会全体で再構築する必要性を説いています。
- 孤立死・無縁化への対処: 身寄りや経済的余裕のない人々のための「助葬」という発想や、終活に関する行政サービス(例:横須賀市の「わたしの終活登録」)など、家族以外の他者を排除しない仕組みづくりが、現代の葬送トラブルを未然に防ぐ重要な鍵だと指摘しています。
生前の意思の明確化:エンディングノートの活用
山田氏が、安心して納得のいく葬儀を実現するための最も実務的な備えとして重視するのが、生前の意思表示、特にエンディングノートの適切な活用です。
核家族化により、親族が高齢者の意向を把握していないケースが増加しており、これが葬儀の形式や費用に関するトラブルの大きな原因となっています。
エンディングノートがトラブルを防ぐ三つの機能
エンディングノートは、単に希望を書き残すだけでなく、残された家族を精神的・実務的に支える以下の三つの重要な機能を持っています。
- 「家族の迷い」の排除と心理的負担の軽減:
- 葬儀の決定は、遺族にとって精神的な負荷が極めて高い状況下で行われます。「故人の意向はどちらだったのか」「どの形式が正しいのか」という迷いは、後々の親族間の対立や後悔の種になります。
- 山田氏は、形式(家族葬・直葬・一般葬など)、規模、参列者への連絡範囲といった項目を明確にしておくことで、家族は「故人の望み通りに行った」という納得感を得られ、心理的な負担が大幅に軽減されると示唆しています。
- 「費用の透明化」とトラブルの予防:
- 葬儀に関する「費用トラブル」の多くは、故人の死後、時間的余裕のない中で業者の提案を鵜呑みにしてしまうことに起因します。
- エンディングノートに「希望する費用の概算」や「事前に相談した葬儀社の情報」、「避けたい追加オプション」などを具体的に記載することで、急な費用の上乗せを防ぐブレーキとしての役割を果たします。
- 「別れの共同性」の維持に繋がる情報提供:
- 山田氏が重視する「共同性の維持」のためにも、エンディングノートは役立ちます。
- 連絡してほしい友人、知人のリストや、特定の儀礼(宗教・宗派)に関する希望を記すことで、家族葬であっても、故人と生前親しかった人々へ適切なタイミングで訃報を伝える手立てとなり、間接的な別れの機会を提供することにつながります。
記載すべき重要な項目(山田氏の視点に基づく)
- 葬儀形式の決定: 家族葬、一日葬、直葬など、希望する形式を明確に。
- 参列者への連絡: 連絡すべき親族、知人、友人、勤務先などのリストとその連絡先。
- 宗教・宗派: 菩提寺の有無、お布施の目安(希望額)など、宗教者への依頼に関する情報。
- 遺影写真: 使用してほしい写真の指定。
- 葬儀社の事前相談情報: 既に相談した業者名、担当者名、見積もりの有無。
主要著作が示す葬送文化の変遷
山田氏の著作は、現代の葬儀問題が「たまたま起きた」のではなく、歴史の中で「葬儀のあり方」が変質してきた結果であることを示しています。
① 『現代日本の死と葬儀:葬祭業の展開と死生観の変容』(2007年、東京大学出版会)
本書は、山田氏の代表的な研究書です。
- 内容:明治期に定着した「告別式」の形式から、戦後の高度経済成長期を経て、いかに葬祭業(葬儀社)が葬儀を「商品・サービス」へと転換させ、その結果として現代の過大な経済的負担や儀礼の画一化が生じたのかを詳細に分析しています。
- 意義:現代の葬儀費用が高い、あるいは形式的だと感じる問題の根源が、戦後の社会と経済の変化にあることを解き明かす、基礎的な文献です。
② 『無縁社会の葬儀と墓:死者との過去・現在・未来』(2022年、吉川弘文館、編著)
土居浩氏との共編著であり、現代の最新の課題を扱っています。
- 内容:「直葬」「墓じまい」「孤立死」といった、現在の日本社会が抱える具体的な事象に焦点を当てています。
- 意義:山田氏自身も、引き取り手のない死者のための「公的葬送と助葬制度」について論じており、個人だけでは解決できない「無縁」の問題に対し、行政や社会がどう関わるべきかという、具体的な制度設計の視点を提供しています。
山田慎也の経歴プロフと葬儀費用・トラブル対処法を解説【クローズアップ現代】まとめ
山田慎也氏の研究と提言は、現代の私たちが直面する葬儀の「後悔」や「トラブル」の多くが、「伝統の崩壊」ではなく、歴史の中で「葬儀のあり方」が変質してきた結果であると教えてくれます。
葬儀の簡略化や費用の問題は、経済的な側面だけでなく、「誰が、どのように故人を悼むのか」という共同性の問題に直結しています。
納得のいく葬儀を実現する鍵は、エンディングノートを活用した生前の意思の明確化により、遺族の心理的・実務的負担を軽減し、同時に家族以外の他者を排除しない開かれた儀礼の仕組みを、社会全体で再構築していくことにあります。
私たちの「終活」は、死を通して社会との繋がりをどう維持するか、という問いへの答えでもあるのです。
最後までお読みいただきありがとうございました。

