滋賀県野洲市の静かな住宅街。
そこに、甘い香りに誘われて地元の人々が集う一軒のケーキ店があります。
2024年にオープンした『パティスリー エスイチ』
店主の今村晋一さん(56歳)がこの店を構えるまでには、30年という長い歳月と、一度は諦めた夢への葛藤、そして人生の転機となった大きな決断がありました。
テレビ番組『人生の楽園』でも紹介される、今村さん夫妻の情熱と再生の物語を詳しく紐解いていきます。
夢の始まりと、若き日の挫折
今村晋一さんのケーキ職人への憧れは、幼少期の幸せな記憶にさかのぼります。
誕生日に家族で囲んだ「バースデーケーキ」。
その華やかさと、一口食べた時の高揚感。
あの特別な時間を自分も作り出したい——。
その純粋な思いが、彼の原体験となりました。
滋賀県近江八幡市で育った晋一さんは、高校卒業後、迷わず大阪の製菓専門学校へ進学します。
卒業後は、洋菓子の激戦区である神戸の老舗店に就職。
20歳、希望に満ち溢れた修行生活のスタートでした。
しかし、現実は甘いものではありませんでした。
- 早朝から深夜まで続く過酷な労働
- 厳格な上下関係と、技術習得へのプレッシャー
- 休む間もないイベントシーズンの喧騒
「好き」という気持ちだけでは超えられない壁が、若き晋一さんの前に立ちはだかりました。
3年半、必死に食らいつきましたが、ついに心が折れてしまいます。
彼は夢半ばで白衣を脱ぎ、滋賀の実家へと戻りました。
サラリーマン生活と、消えない「火種」
ケーキ職人の夢を挫折した晋一さんは、地元のプラスチック部品を製造する工場へ転職。
サラリーマンとして新たな一歩を踏み出します。
仕事に励む中で、京都市出身の尚美さんと出会い、31歳で結婚。
36歳で野洲市にマイホームを建て、二人の子宝にも恵まれました。平穏で幸せな日々。周囲から見れば、それは理想的な家庭像でした。
しかし、晋一さんの心の中には、いつも小さな火種が残っていました。
それは「お菓子作りへの愛」です。
職人の道は諦めても、家族のために作るケーキだけはやめませんでした。
誕生日、クリスマス、ひな祭り。
記念日ごとに晋一さんが作るケーキは、プロ顔負けのクオリティでした。
「お父さんのケーキ、本当においしいね」。子供たちの笑顔と、友人たちからの「お店が出せるよ!」という言葉。
それが、彼の唯一のアイデンティティとなっていました。
人生の転機:病が教えてくれた「後悔」
平穏な日々に変化が訪れたのは、晋一さんが53歳の時でした。
会社の健康診断で告げられた診断名は「緑内障」。
以前から見えにくさを感じてはいたものの、長年の眼鏡生活のせいだと思い込み、病状は進行していました。
この診断は、晋一さんに「人生の残り時間」を意識させる強烈なメッセージとなりました。
「父親として、サラリーマンとして、やるべきことはやってきた。でも、このまま人生を終えていいのか?」
自問自答した時、唯一心に引っかかっていたのが、「あの時、ケーキ職人の夢から逃げ出してしまったこと」でした。
30年以上蓋をしてきた後悔が、ふつふつと湧き上がってきたのです。
「もう一度、チャレンジしたい。逃げたままでは終われない。」
その決意を伝えた時、妻の尚美さんは驚きつつも、夫の長年の想いを理解し、背中を押してくれました。
54歳からの再挑戦『パティスリー エスイチ』の誕生
晋一さんは54歳で26年間勤めた会社を退職。
地元の創業塾に通い、経営のいろはを学び直しました。
かつての修行時代のような若さはありませんが、今の彼には「人生の経験」と「家族の支え」がありました。
尚美さんと共に理想の物件を探し、2024年、ついに念願の自店をオープン。
店名は、自身のイニシャルである「晋一のS」を冠した『パティスリー エスイチ』です。
エスイチのこだわり
晋一さんが作るケーキの根底にあるのは、自身が幼い頃に感じた「ワクワク感」です。
- 素材の味を活かす: 奇をてらわず、子供からお年寄りまで誰もが「おいしい」と思える優しい甘さ。
- 鮮度へのこだわり: 修業時代の経験を活かし、一番美味しい状態で提供するための丁寧な手仕事。
- 感謝を込めた仕上げ: 一つ一つのケーキに、30年分の想いを込めてデコレーションを施します。
店内には、晋一さんの夢を支える尚美さんの明るい声が響きます。
夫婦二人三脚で営むお店は、単なる菓子店を超え、近所の人々が近況を報告し合うような温かなコミュニティの場となっています。
【看板メニュー】30年の想いが詰まった至福のケーキ
『パティスリー エスイチ』のショーケースには、晋一さんが「自分が本当に食べたかった味」を追求した逸品が並びます。中でも、訪れたら必ず手に取ってほしい看板メニューをご紹介します。
究極の「エスイチ・ショートケーキ」
晋一さんが最も大切にしているのが、お菓子作りの原点であるショートケーキです。
- こだわり: 26年間のサラリーマン生活で培った「緻密さ」を、今度はスポンジの焼き加減に注ぎ込みました。口の中でふわっと溶けるスポンジと、コクがあるのに後味の軽い生クリームのバランスは絶妙です。
- 想い: 「子供の頃に食べた、あの感動を再現したい」という一心で作られるこのケーキは、一口食べれば誰もが笑顔になる、優しくも凛とした味わいです。
【地産地消】滋賀・野洲の恵みを一皿に
晋一さんは、自分を育ててくれた地元・滋賀への恩返しとして、積極的に近隣の農産物を取り入れています。
「サラリーマン時代、毎日のように通った通勤路。そこに見える田畑の風景が、今では宝の山に見えるんです」と晋一さんは笑います。
- 野洲産イチゴのタルト: 地元の農家から直接仕入れる完熟イチゴを使用。収穫したての香りと甘みを逃さないよう、その日のうちにタルトに仕上げます。
- 季節のフルーツゼリー: 近江八幡や野洲で採れる旬の果実(メロン、梨、ブドウなど)を宝石のように閉じ込めたゼリー。地域の四季を舌で感じることができます。
これらの素材は、ただ仕入れるだけでなく、晋一さん自ら農家さんの元へ足を運び、生育状況や想いを聞くことから始まります。「作り手の顔が見える素材だからこそ、中途半端なものは作れない」という職人としてのプライドが、ケーキの味を一層深めています。
【地域との交流】「お帰りなさい」と言える場所
オープン以来、お店は単なるケーキ屋以上の存在になっています。
元同僚や仲間たちの集い
26年間勤めた工場の元同僚たちが、「今村さんの夢が叶った!」とお祝いに駆けつけてくれます。サラリーマン時代に誠実に仕事に向き合ってきた晋一さんの人望が、そのままお店の応援団となっているのです。
子供たちの「夢の相談所」
近所の子供たちが小銭を握りしめて買いに来る姿も日常茶銘事。
「おじさんも一度は諦めたけど、50歳を過ぎてから夢を叶えたんだよ」という晋一さんの姿は、地域の子どもたちにとっても生きた教育になっています。
尚美さんの「おもてなし」
接客を担当する妻・尚美さんは、お客様との会話を何より大切にしています。
「今日は記念日なの?」「体調はどう?」といった何気ない会話から、お客様一人ひとりに合わせたケーキの提案をすることも。その温かな雰囲気から、お店を去る時に「また来るね」ではなく「行ってきます」と言いたくなるような、家のような安心感が漂っています。
夢を叶えるのに「遅すぎる」ことはない
今村晋一さんの歩みは、私たちに大切なことを教えてくれます。
一度挫折したからといって、その夢が完全に消えるわけではありません。
形を変え、時間をかけて熟成され、人生の後半でより深い輝きを放つこともあるのです。
「あの時、逃げ出してしまった」という苦い経験があったからこそ、今、厨房に立てる喜びを誰よりも噛み締めている晋一さん。
緑内障という困難と向き合いながらも、その視線の先には、自身のケーキを食べて笑顔になる人々の姿がはっきりと映っています。
『パティスリー エスイチ』のショーケースに並ぶケーキは、単なるスイーツではありません。
それは、一人の男が30年かけて取り戻した「誇り」と、それを支え続けた「家族の愛」の結晶なのです。
滋賀県野洲市。
この街を訪れた際は、ぜひエスイチの扉を叩いてみてください。
そこには、夢を叶えた男の、最高に甘くて優しい時間が流れています。
【ショップガイド】パティスリー エスイチへ行こう!
晋一さんと尚美さんが笑顔で迎えてくれるお店の情報をまとめました。
滋賀・野洲の穏やかな風景を楽しみながら、ぜひ足を運んでみてください。
■ 店舗情報
- 店名: パティスリー エスイチ (la pâtisserie:S-ichi)
- 所在地: 〒520-2331 滋賀県野洲市小篠原1991番地2 ゆめのはうす101
- 電話番号:077-518-9180
- 営業時間: 11:00〜19:00 (日曜日 11:00〜18:00)
(※ケーキが完売次第、終了となる場合がございます) - 定休日: 火曜日・水曜日(※臨時休業やイベント出店による変更はSNS等をご確認ください)
- 駐車場:2台
- 店内飲食:不可
■ アクセス
- 電車でお越しの方: JR琵琶湖線「野洲駅」南口から徒歩5分。住宅街の中にある、温かみのある外観が目印です。
- お車でお越しの方: 国道8号線からもアクセスしやすく、店舗近くに駐車場も完備されています。
『小篠原駐車場C』の22番と26番にお停めください。
【訪れる方へワンポイント】 オープン以来、地元で大変な人気となっているため、お目当てのケーキがある場合は午前中の来店がおすすめです。特にお父さんこだわりの「ショートケーキ」や季節のタルトは、早い時間に売り切れてしまうことも。
滋賀県野洲市のパティスリー エスイチ!今村晋一が叶えた夢とは【人生の楽園】まとめ
「緑内障」というハンデを抱えながらも、晋一さんの瞳は今、かつてないほど輝いています。
「見えにくいからこそ、指先の感覚を研ぎ澄ませ、心でケーキを作っています」と語るその背中は、30年前に夢を諦めた若者の面影はなく、立派な一国の主、そして熟練の職人の風格に満ちています。
『パティスリー エスイチ』
そこは、一度止まった時計の針が、家族と仲間の愛によって再び動き出した場所。
野洲の風に吹かれながら、今日もお父さんの夢が詰まったケーキが、誰かの特別な一日を彩っています。
最後までお読みいただきありがとうございました。
